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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)418号 判決 1991年3月14日

控訴人 関ヶ原石材株式会社

右代表者代表取締役 矢橋謙一郎

右訴訟代理人弁護士 後藤孝典

萱沼昇

被控訴人 株式会社西日本銀行

右代表者代表取締役 後藤達太

右訴訟代理人弁護士 近江福雄

作間功

主文

原判決を次のとおり変更する。

福岡石材株式会社から被控訴人に対して昭和六三年二月三日付けでした別紙債権目録≪省略≫記載の債権の譲渡契約は金九六二万三五〇〇円の部分に限りこれを取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金九六二万三五〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。

理由

一  被保全債権の存在と内容

成立に争いのない≪証拠省略≫、当審証人山岸良隆の証言により真正に成立したものと認める≪証拠省略≫、同証言により原本の存在及び成立の真正を認める≪証拠省略≫及び同証言によれば、以下の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  控訴人は石材並びに人造石の加工製造及びその販売工事施工等を目的とする会社であり、福岡石材は石工事業、建築並びに土木工事の設計・監理・施工業等を目的とする会社であるが、控訴人は、福岡石材に対して昭和五十六、七年ころから年四、五回程度の小口の石製品の供給を行ってきており、三井建設とは長年にわたり全国的な大口の商取引を行ってきた。

2  三井建設は、昭和六二年、辻組、今林工務店と建設工事共同企業体を構成して、警察共済会館新築工事(以下「本件会館工事」という。)を請け負い、同工事のうち石工事一式を福岡石材の下請けに出していた(以下「本件下請石工事」という。)。福岡石材は同年夏、本件下請石工事用資材の石製品の供給を控訴人に注文したが、控訴人は、同業者間の噂に上っていた福岡石材の資金繰りの悪化を聞き及んでいたのでこれを拒んできた。しかし、控訴人は、同年九月ころ、三井建設の永浜博三と福岡石材の代表者田中敏男社長から控訴人本社の訪問を受け、永浜から本件会館工事の納期が迫っていることを理由に福岡石材に商品の供給を願いたいとの強い懇請を受け、長年にわたる得意先である三井建設側の依頼を断り難く、福岡石材への商品の供給を止むを得ないものと判断したが、代金の確保をはかるために、福岡石材とではなく、三井建設との取引にしたいとの希望を伝えて、これに応じることにした。

その一、二日後、控訴人は、永浜から電話により、三井建設内部での協議の結果、控訴人と三井建設との直接の取引にすることは三井建設と福岡石材との契約を破棄することになり取りえないから、やはり控訴人と福岡石材間の取引にして欲しいとの提案を受けたので、三井建設が支払につき何らかの保証をするのなら同提案に応じてよい旨の返事をしたところ、永浜は、同人立ち会いのもとに福岡石材に対する三井建設振出の支払手形を福岡石材の了解を得て控訴人に直接交付するからそれで了承願いたいと申し出て、控訴人もその内容の文書を差し入れてもらうことで了承した。同年一〇月一日控訴人は、同年九月二一日付けの福岡石材と三井建設、辻組、今林工務店建設工事共同企業体所長永浜博三共同作成名義の「覚書」≪証拠省略≫の送付を受けたが、同文書には「福岡石材は、本件下請石工事用資材の石製品につき六四八四万五七〇二円相当を控訴人から昭和六二年九月一日以降同年一二月末日まで供給を受け、同代金の支払に関して、本件下請石工事関係の三井建設振出の受取手形を控訴人に交付することを確約し、三井建設、辻組、今林工務店建設工事共同企業体所長永浜博三は、控訴人から福岡石材への請求と右方法による支払が確実にできるように立ち会うことを確約する」旨が記載されていた。

3  以上の経緯のもとに、控訴人と福岡石材は、運送費は福岡石材が負担し、控訴人から福岡石材に対し石材の供給をすることで合意し、控訴人は福岡石材に対し、同年一〇月九日六一三四万五七〇二円の見積書≪証拠省略≫を提出し、以後同年一二月まで全商品を完成し、運送費を含め五七五七万九三〇〇円相当の商品を搬入した≪証拠省略≫。

4  福岡石材は前記覚書に従って、右初回の支払として、同年一一月三〇日、三井建設振出の福岡石材宛金額五〇〇万円の約束手形≪証拠省略≫に裏書し、三井建設九州支店経理部において、三井建設担当社員及び福岡石材担当社員の各立ち会いのもとに控訴人宛交付し、第二回目の支払として、同年一二月二五日、三井建設振出の金額一〇九六万一三〇〇円の約束手形≪証拠省略≫に裏書し、三井建設振出の金額七〇三万八七〇〇円の小切手とともに、初回同様にして控訴人宛交付した。これら手形、小切手はいずれも後日決済された。

5  控訴人の担当社員は、第三回目の一七〇〇万円の支払を受けるため、昭和六三年一月二七日福岡石材担当社員に同道を求めて三井建設九州支店経理部に赴こうとしたが同道を断られたため、単身同経理部に赴き三井建設振出の約束手形の交付を求めたところ、既に福岡石材担当社員に同手形は交付済みであるとの返事を受けたので、直ちに福岡石材に行って同手形の交付を要求したが、同手形は既に第三者に譲渡されており、代わりに、同社から同日同社振出の金額一七〇〇万円の約束手形(満期同年三月五日、≪証拠省略≫)を交付された。

第四回目の一一二五万円(代金額については、後日の交渉によって、これが最終回の金額となった。)の支払についても、控訴人は三井建設振出の約束手形の交付を受けることができず、代わりに福岡石材から昭和六三年二月二五日同社振出の金額一一二五万円の約束手形(満期同年四月五日、≪証拠省略≫)を交付された。

その後、右二通の約束手形(金額合計二八二五万円)につき、控訴人は福岡石材の支払猶予の申し出をいれ、金額を一八二五万円(満期同年五月二三日、≪証拠省略≫)と一〇〇〇万円とする約束手形(満期同年六月五日、≪証拠省略≫)への書替えに応じたが、今日に至るもその支払はない。

以上認定の事実によれば、昭和六二年九月二一日から同年一〇月一日にかけて、控訴人は福岡石材との間で、運送費は福岡石材負担として、控訴人から福岡石材に対して本件下請石工事用資材の石製品を供給する契約を締結し、同契約に基づいて石製品が搬入され、その結果同社に対して控訴人が取得した昭和六三年二月三日現在の残債権は二八二五万円を下らなかったものと認められる。

二  債権譲渡契約と債権譲渡行為

当事者間に争いがない事実に、≪証拠省略≫、成立に争いのない≪証拠省略≫、原本の存在・成立に争いのない≪証拠省略≫、原審証人松尾達彦の証言により真正に成立したものと認める≪証拠省略≫、原審・当審証人松尾達彦の各証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  昭和五五年四月一七日設立の福岡石材は、前身の個人商店時代の昭和四〇年以来、被控訴人を主たる取引銀行とし、証書貸付、手形貸付、手形割引の方法により、営業資金の融資を得てきたが、手形貸付に限っていえば昭和六二年八月三一日の時点で被控訴人の福岡石材に対する残高は二〇〇〇万円であった。以後、福岡石材は、被控訴人から右二〇〇〇万円の手形貸付残高分は手形の書替えをすることによって弁済の猶予を受け、決済が確実視される第三者振出の約束手形を担保に提供する等して担保額に見合う新規貸付を受けてきた。

2  被控訴人の福岡石材に対する同年一一月三〇日現在の手形貸付残高は一九九五万円であったが、同年一二月五日同社は被控訴人に対し、三井建設九州支店承諾のもとに本件下請石工事代金のうち一一月締切、一二月払いの同社振出の約束手形及び振込分につき代理受領を委任の上≪証拠省略≫、被控訴人から手形貸付の方法で一八〇〇万円の新規貸付を受け、同貸付分は同月二五日、予定どおり三井建設振出の約束手形で決済された。さらに、被控訴人は、福岡石材に対し同月二六日一六五〇万円と昭和六三年一月八日四〇〇万円の各新規貸付(手形貸付)をしたが、これらは昭和六三年一月二五日に一六五〇万円と四〇〇万円の各三井建設振出の約束手形の代理受領を受け、決済された。

3  同年一月二五日、福岡石材は被控訴人から、同年二月二五日を弁済期として四〇〇万円、八〇〇万円、一〇四五万円の新規貸付(手形貸付)を受けたが、同年一月二五日現在の手形貸付残高は二二四五万円であった。

4  福岡石材は同年一月末ころ被控訴人に対して、本件下請石工事代金として二千数百万円の三井建設への債権を有していると主張して手形決済資金一九五〇万円の新規貸付を申し込んだので、被控訴人は福岡石材との間で、担保のために右工事代金債権の譲渡を受けることで合意し、被控訴人は福岡石材に対して同年二月一日手形貸付の方法で一九五〇万円を、弁済期を同月二五日と定めて貸し付けた。

こうして、福岡石材と被控訴人間では、同月三日付けで、福岡石材が三井建設に対して有する本件下請石工事(追加工事を含む。)に基づく二四九〇万円及び未払保留金を、福岡石材から被控訴人に譲渡する旨の「債権譲渡契約証書」≪証拠省略≫を作成し、そのころの確定日付ある証書で、三井建設の異議なき承諾を得て、福岡石材から被控訴人に対して「債権譲渡通知および承諾書」≪証拠省略≫が送付された。

5  控訴人は、石製品の前記供給契約に基づく残代金(当時の請求債権は三四五七万九三〇〇円)を被保全債権として、福岡石材が本件下請石工事に基づき三井建設に対して有する債権を仮差押債権とする同年二月二二日付けの仮差押決定≪証拠省略≫を得て、その執行がされたものの、三井建設は同年三月九日付け陳述書により、執行裁判所に対して同仮差押決定正本送達日当時の右債権の額は二九一二万三五〇〇円であるが、同債権は同送達日より前の同年二月三日、同社承諾の上、確定日付けある証書で福岡石材より第三者宛譲渡済みであることを理由に弁済の意思がない旨意思表示した≪証拠省略≫。

6  右3の貸付分はいずれも同年二月二五日弁済され、被控訴人は同年三月一四日までに三井建設から本件譲渡債権全額の弁済を受け、その一部を右4の貸付分の弁済に充当し、残額を被控訴人の福岡石材に対する他の旧債権の弁済に充当した。

以上の事実と弁論の全趣旨によれば、本件債権譲渡当時の被控訴人の譲受債権額は二九一二万三五〇〇円を下らなかったものと推認される。なお、原審証人松尾達彦の証言により真正に成立したものと認める≪証拠省略≫によれば、被控訴人は後日三井建設より受領した本件譲渡債権額の内一一五万円を本件工事に従事した福岡石材の下請労働者に対する未払賃金として同労働者に支払ったことが認められるが、これにより右一一五万円につき被控訴人は福岡石材に対する代位弁済による求償権を取得することはあっても、譲受債権額が右一一五万円だけ減額されるべき筋合いはないから、譲受金額は二九一二万三五〇〇円から一一五万円を差し引いた二七九七万三五〇〇円であるという被控訴人の主張は採用できない。

三  詐害行為

1  前記一、二認定の事実によれば、福岡石材は、一方で控訴人に対して、昭和六二年一〇月一日、福岡石材及び三井建設、辻組、今林工務店建設工事共同企業体所長永浜博三との共同作成名義の同年九月二一日付け「覚書」により、本件下請石工事関係の三井建設に対する債権を控訴人への売買代金支払に充てることを約束しながら、他方で被控訴人に対して、同年一二月五日、本件下請石工事代金のうち一一月締切、一二月払いの三井建設振出の約束手形及び振込分につき同社承諾のもとに代理受領を委任し、その後の昭和六三年二月三日、本件債権譲渡をするという控訴人に対する背信行為に出たのであるが、この事実に、福岡石材が同月五日約束手形三通(金額合計一四〇〇万円)の不渡事故を発生させたこと(この事実は当事者間に争いがない。)を合わせ考えれば、右譲渡当時、同社には、本件譲渡債権のほか控訴人の前記一認定の債権二八二五万円を満足させる財産はなく、本件債権譲渡は控訴人を害するものであると推認される。

2  原本の存在・成立に争いのない≪証拠省略≫によれば、福岡石材は昭和六三年一月二一日株式会社宮崎商店から飯塚市菰田西二丁目の宅地六五八・四一平方メートル及び同地上の建物を代金七四六八万五〇〇〇円で買い受ける売買契約を締結し、同日手付金一四九三万七〇〇〇円を支払ったことが認められるが、残代金五九七四万八〇〇〇円を支払ったことを認めるに足りる証拠はないから、未だ右1の推認を覆すに足りないところ、他に同推認を動かすに足りる証拠はない。

3  また、前記二認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、福岡石材から昭和六三年一月下旬ころ手形決済資金一九五〇万円の新規貸付を申し込まれ、その担保として本件債権譲渡を受ける合意のもとに、同社に対し弁済期を同年二月二五日と定めて、同月一日一九五〇万円を新規に貸し付け(手形貸付)、同月三日譲渡担保として本件債権譲渡を受けたものと認められる。そうすると、右一九五〇万円の限度では、本件債権譲渡は合理的な均衡を保っていたと認められる。被控訴人は右一九五〇万円を超えて五四七八万二〇〇〇円の債権担保のために本件債権譲渡を受けたと主張する(抗弁1、(一)、(二)参照)が、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人は控訴人に対して、本件譲渡債権をもって福岡石材に対して有する右一九五〇万円以外の他債権の弁済に充当することを主張できる筋合いはない。

仮に、右抗弁で主張する事実があったとしても、本件譲渡債権のうち右一九五〇万円を超える分については、被控訴人の福岡石材に対する他の旧債権の譲渡担保に提供したことを意味するから、やはり控訴人に対する共同担保を減少させるものとして、正当性を有するものとはいい難く、右超える分については特別の事情がない限り詐害行為に該当するものというべきところ、同事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって、いずれにせよ、本件債権譲渡は、一九五〇万円の限度では合理的均衡を保ち詐害行為とはいえないが、右を超える分は正当性を欠く詐害行為というべきであるから、抗弁1は、右の限度で一部理由がある。

ところで、前記二認定の事実によれば、福岡石材が昭和六二年一二月五日被控訴人に対して三井建設承諾のもとに代理受領を委任した債権と、昭和六三年二月三日の本件譲渡債権とは、一部重複しているのではないかと推測されないでもないが、仮にそうだとしても、代理受領委任契約によって受任者が他の一般債権者に対する関係で当該債権につき優先的地位を主張できるものではないから、福岡石材の本件譲渡債権が控訴人のための共同担保を構成していたことに変わりはなく、右結論に消長を来さない(最高裁昭和五一年七月一九日判決、金融・商事判例五〇七号八頁参照)。

四  福岡石材、被控訴人の善意、悪意

1  前記一ないし三認定の事実によれば、福岡石材は、本件債権譲渡当時、同譲渡のうち一九五〇万円を超える分については、控訴人を害することを知っていたものと推認される。

2  原審証人松尾達彦は、抗弁2の主張に沿う供述をするが、前記二、三認定の事実によれば、本件債権譲渡当時、同譲渡債権のうち一九五〇万円を超える分について同供述部分を採用するには未だ足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、控訴人の詐害行為取消請求権に基づき、本件債権譲渡契約のうち二九一二万三五〇〇円から一九五〇万円を差し引いた九六二万三五〇〇円の部分は取り消しを免れない。

五  そして、請求原因5の事実は当事者間に争いがないから、控訴人は、詐害行為取消請求権に基づき、被控訴人に対し、原状回復に代わる損害賠償として、取消しになる九六二万三五〇〇円及びこれに対する本訴状が被控訴人へ送達された日の翌日である昭和六三年三月一五日(これは本件記録より明らかである。)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるものである。

六  結論

したがって、控訴人の本訴請求は、本件債権譲渡契約のうち九六二万三五〇〇円の部分に限りこれを取り消し、かつ、被控訴人に対して九六二万三五〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。

よって、右と一部結論を異にする原判決は不当であるからこれを右の趣旨に従って変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 川畑耕平 簑田孝行)

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